大航海日誌

ここから先を語るには、先ず、アルジェロの話をしなければなるまい。正直、それは気の重い作業である。
 アルジェロは、私がリスボンの港湾労働で買った中古のバルシャ船で初めて船出した時からの古株の船員の一人である。当時の彼はポルトガル内陸部の何もない寒村から家出同然で出てきた青年で、自分では20才前後だと言っていたが、どう見ても10代半ばにしか見えなかった。船を買うのに貯金を使い果たした私が、まともな船員を雇える訳もなく、船に乗るのさえ初めてという、その若者を船員として雇わざる得なかった。そして、それから随分と時が経ち、私も彼も船乗りとして、どこに出しても恥ずかしくない存在になっていた。

 新調した「大西洋の虎号」でマルセイユからリスボンに凱旋すると、当然有るべき出迎えもなく、又、私の名が意外に知られていないことに驚かされた。長期にわたって海外を転々としていたために、ポルトガル国内では却って人に知られる機会が少なかったのだろう。別に有名人になって脚光を浴びたいわけではなかったが、商売をする上で多少の名声が必要とされることも多かった。そこで、宗旨を曲げて、売名の為にポルトガル国内のギルドの細かい仕事を数多くこなす事にした。自分の庭のようなポルトガルの海で、一足で届くような隣の港からワインを仕入れたり、或いは、リスボンから出港すらしないで済むような仕事を淡々とこなした。しかし少年のような私の心は、絶えず、血が沸くような冒険を求め続ける。楽だと喜んでいたアルジェロも、いつの間にか退屈そうに水平線の彼方を眺めるようになった。私はいてもたってもいられなくなり、部下たちを集めると、「大西洋の虎号」で遥かな波濤に漕ぎ出す事にした。
 船はジブラルタル海峡を抜けると、風を捕まえて一路東を目指した。私は地中海の最深部を目指していた。そこは、この世のあらゆる物産が渦巻いてる交易のメッカだった。しかし、私はそこまで行けるだけの入港許可証を持っていなかったし、第一、途中からイスラムのオスマン帝国の勢力下にある。最深部までは無理そうだが、せめて行ける所までは行くつもりだった。とりあえず、前回の旅の終着駅であるマルセイユに寄港し、そこを拠点とすることにした。
 マルセイユに投錨した私は、2人の興味深い人物に出会った。最初の人物はダ・ウィンチと言った。私は東行のついでに、ギルドから彼の元に香料を届ける仕事を請け負っていた。彼は画家であり発明家であり学者であり、その全ての面で一流の人物であった。私の持ち込んだ吟味された良質の香料に感激した彼は、私のことも気に入って、東地中海の政情やイタリア周辺の地理や最新の科学知識や自慢の美人画などを披露してくれた。お互いに別れを惜しみながら彼の館を辞した私は、船に戻る途中に急な腹痛に襲われた。見かねた近隣の住人が、私を近くの医者に運び込んでくれた。そこで私を診察してくれたのが、ノストラダムスだった。彼は医者でありながら、かなりの神秘主義者だった。いや、彼自身は神秘のつもりはない。ただ、当たり前の事を口にしているに過ぎなかった。病的な顔色の彼は、私に一つの象徴的な予言を与えてくれた。「髑髏落ちるとき・・・・・・」先生、それは別の人の予言です。
 マルセイユで充分船員を休ませられたと判断した私は、その隣町というべきジェノヴァに渡ることにした。アルジェロは、船尾から離れるマルセイユの町並みを見つめて涙を流した。船が港を出る時に訳もなく物悲しくなるのは、船乗りに良くあることだったが、彼のそういう姿は珍しかった。理由を聞くと、彼はこのマルセイユに想い人が出来たらしい。だが私達は船乗りだ。一つの町にいつまでも居るわけには行かない。彼にもそれが分かっていた。「ただ、もう一度、この町に戻ってこれれば、それでいい」彼はそう言っていた。勿論、その程度の願いを叶えてやるのは、造作も無いことだった。
 ジェノヴァはイタリア半島の付け根に位置する西側への玄関とも言うべき街で、陸路でも海路でも交通の要衝を占める交易の拠点である。当然、イタリアを代表する大都市であり、市場には様々な物産がひしめき合っていた。その中でも特に繊維や織物が有名で、繊細で優雅な最新モードの高級衣料が、町中の店先で華麗に競演していた。アルジェロの熱が移ったわけではなかったが、私も各港で待っている女たちに土産の一つでも買って行ってやろうと思った。が、手に取ったドレスの値札を見て、すぐにそれを元の棚に戻した。横でアルジェロも、ため息をついていた。……さて、次の街に行くか。
 ジェノヴァから海岸伝いにピサの街があった。ピサでは、最近話題の建築詐欺にあった塔を見物し、地球は丸いという妄想に取り付かれた爺さんに会ったりした。
 ピサより先の海域は、政情が不安定で治安が悪かった。オスマン帝国との前線に近く、キナ臭い匂いが立ち込めていた。しきりに帝国の緑旗をひるめかせた武装商船が行き交い、海軍のパトロール船や私掠船が所々で砲火を交えていた。それらの船から逃げたり隠れたりしながら、コルシカ等のイタリア西側の諸島を巡った。特にこれといった特産物は見つけられず、そのまま南下して、アフリカ北岸のアルジェの街に到達した。そこは既に帝国の領内だった。当然のように港で入港を拒否されたが、例え許可されても上陸する気にはなれなかった。地上は好戦的な雰囲気が渦巻いて、今のままでは生きて海に帰れるとは思えなかった。ここら辺が私の現在の限界だった。それを知るのが今回の旅の目的だった。世界の果てを知る事が出来た。次に来るときには、きっとこの先へ行ける様になっているつもりだった。
 リスボンへの帰路、いつものように海賊に襲われた私は、いつもと違い、その挑戦を受けてしまった。海賊船は当方の何分の一かの大きさに過ぎなかったし、私の船は最新の大砲に積み替えたばかりだった。それでも商人としては逃げに徹するべきであったが、私の中にちょっとした功名心が頭をもたげていた。戦闘は最初から最後まで、こちらが圧倒していた。巧みな操船で適度な距離を保ちながら、確実にこちらの砲は敵船に命中した。アルジェロが放ったセイカー砲の砲弾が、放物線を描いた末に敵船の喫水ギリギリに命中したとき等、船員達の歓声で耳がおかしくなるかと思われた。船腹に大穴を空けた海賊船は、斜めになって沈んでいった。その時だった。海面に隠れようとする敵船の艦尾砲が、残された最後の炎を搾り出した。射程ギリギリで放たれた砲弾は、私の船に深刻なダメージを与えることは出来なかった。しかし、跳弾はその時甲板にいた古株の船員を押しつぶした。酷く長い一瞬に現実感のない光景が目に映った。港湾労働で購った中古のバルシャ船で、リスボンの港を最初に船出した時から苦楽を共にしている仲間だった。故郷の農村を家出同然で飛び出して来た彼に、私は「いずれ商会を作ったら、船を一つ任せる」と約束をしていた。彼はピサで相場の倍もしていた薔薇を、マルセイユで待つ恋人の為に嬉しそうに購入していた。「商人として一生を過ごす」という誓いを違約した私に、神は最も残酷な罰を与えた。船一つ失うより大きな代償を支払って手に入れた些細な戦功は、私の忘れる事の許されぬ古傷になった。さらば、ミゲイル、私は君の事は一生忘れない。
 薔薇の花束が海賊船の残骸とともに波間に揺られていた。

 え、「アルジェロはどうなったのか?」だって?彼は何でもない平和な海域で、霧の向うから綺麗な歌声が聞えると口走って、海に飛び込んでしまった。彼がその後、どうなったのかは知らない。マルセイユで振られたのが、余程ショックだったんだろうなぁ。

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