大航海日誌

私の名はジョニー佐山、錬金術師である。因みに練成陣とか、両手でパンとかはしないのであしからず。
 商売も軌道に乗り、日の出の勢いで私の名前が広まりはじめた頃、リスボンの港湾職員が「地中海岸の港への入港証を申請したらどうか」と薦めてくれた。そろそろ商売を広げてみたくなっていた私は、馴染みの交易商人に相談した所、「なんたら商会の会長に頼んでみるといい」と教えてくれた。そんなお偉いさんに何のツテもないが、当たって砕けろ方式で商会を尋ねてみると、以前、港でスリから助けた若い商人と再会した。何でもコイツは商会の御曹司らしい。出会った時は、いけ好かないボンボンだと思ったが、そう言う事なら話は別である。入港証の件を打ち明けると、あっさり話を通してくれた。
 リスボンの越後屋の推薦状の威力は大したもので、いつもは威張りちらした王宮の衛兵も、あっさりと引き下がり、お代官さま、もとい公爵に面会が適った。毎日何人もの同じ要件の交易商に応対しているはずの公爵は、事務的にセビリアの公爵にサインを貰って来いと書類をくれた。私は、早速セビリアに向かうことにした。勿論、商人たる私が空船で航海するなど、神がお許しになるはずがない。別の仕事と交易品を満載する事も忘れてはなかった。
 セビリアの王宮はやたらとデカイ癖に、その主である公爵は玄関先にいた。もしかしたら、結構、フランクな奴なのかも知れない。赤い絨毯を踏んで公爵の前に歩みよった私は、間違えて隣にいた変な坊さんに話しかけてしまった。そして、その坊さんに渡された誓約書に、よく読まずにサインをしてしまった。後で思い返すと「イスパニアに対し、何とかと何とかをしないと誓う」とか書かれていた気がしたが、まぁ、過ぎたことは気にしないことにした。誓約書と引き換えに、坊さんは入港申請書にホクホク顔でサインしてくれた。公爵のサインでないと怒られるのでは?と心配したが、リスボンに戻って王宮に書類を提出すると、小言を言われただけで申請書を受理し、入港証を発行してくれた。これで私も地中海で商売が出来るようになった。
 私は商会長の所へ御礼に行く事にした。ボンボンはともかく、その父親とは仲良くしておくに越したことはない。商会長はお祝いにと商会員の制帽をプレゼントしてくれた。もしかして商会のメンバーはこの帽子を被ることを強制させられているのだろうか?商会長には悪いが、デザインが激しく私の趣味の範疇を逸脱しているので、船の倉庫に大切に"取っておく"事にした。後に、船の掃除を怠ったために、その帽子が埃だらけのボロボロになってしまった事は、勿論、商会長には秘密である。

 シビアな相場観と広い識見を買われてギルドから市場調査を依頼された。私は、これを機に本格的に各地の物産の需要と供給を調査する事にした。先人の調査結果は「いんたーねっと」なる物を利用すれば容易に手が入るが、商人たるもの自分の足を使わなければ目が肥えない。私は長い旅に出る事にした。
 それはまことに辛い日々だった。商売にならない大量のサンプル商品を船に満載し、各駅停車で一駅一駅、もとい一港一港寄港し、市場で商品の時価と相場を調査し、平均的な価格を計算して記録した。リスボン->オポルト->マディラ->ファロ->セビリア->セウタとたどり、又その逆をたどって帰ってきた。その記録は膨大な量になった。その集大成が、現在私の手元にある「佐山ノート」である。これさえあれば、商売で失敗はない。もはや不良在庫で泣くこともないし、出先にめぼしい商品を見つけられず、空船で帰港することもない。商人として何よりの資産である。ちょっとだけ内容を教えるが、「武器は儲からない(戦争でもあれば別だが)、どうしても扱うなら弾薬・砲弾の消耗品に限る」「オポルトはワイン以外にもスズやチーズなどがお勧め」「ファロではワインの需要が高い」「マディラの砂糖が一番儲かる」「セウタは使えない」おっといけない、貴重な情報をこれ以上教えることはできない。
 こうして私は、「失敗しない理論に裏打ちされた交易術」をマスターした。うはー、儲かりすぎちゃったらどうしよう?

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