海辺のカフカ 下/村上春樹

家出少年の田村カフカが、高松で様々な人たちに出会い、不思議な体験をし、思春期を経験する青春小説です。少年は父親との葛藤から家を出て、高松の図書館で母親の面影を残す館長の佐伯と出会い恋に落ちます。その生活の果てに父を亡くし、また、母や恋人が全てが揃った理想的な閉鎖世界(比喩ではない)に辿り着きます。しかし、その母親の胎内のような環境を選択せず、辛く厳しい現実世界に戻っていきます。少年はエディプスコンプレックスを克服し、両親を許し、大人への脱皮を果たします。
 一方、知的障害者の老人であるナカタは、運命に導かれるまま「入り口の石」を探す旅に出てます。様々な人に助けられながら高松で探し物を見つけたナカタ老人は、最期に大きな役割を果たし、人生の長き旅を終わります。ナカタ老人は財産も家族も文字も持ちません。しかし、彼はそのことを苦にせず、清廉で幸せな人生を全うします。旅に協力したホシノ青年は彼の生き様に共感しその仕事を引き継ぎ、青年は人生に意味のある何かを得ます。
 漂泊の人生を送った佐伯はラストで田村少年に自分の記憶を残すことを望みます。また、ナカタ老人は何も持たない人生の果てに、ホシノ青年の人生観を変えて去ります。人間の一生は軽く儚くても、後に続くものに何かを後に残して行くことで、形を変えて連綿と続いていきます。この作品のもう一つのテーマは"人間の永遠性"ではないでしょうか。

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この記事へのコメント

2007年08月30日 02:22
海辺のカフカは最後のところで石で何かに蓋をした、と言う所位しか覚えてないですが、変わった作風だなと記憶してますが、この作品にそれだけの価値があったかとよく知りません。
2007年09月02日 14:59
> とかげの源五郎さん
コメント有難うございます。私も、正直、「海辺のカフカ」は理解できません。というか、村上作品自体が理解不能で、読むのを止めてしまったんですが。小説には「物語の文法」があって、例えば「敵→倒す」とか「片思い→両思い」とか「殺人事件→犯人逮捕」とかの「あるべき結末への帰結」を望んでしまいます。村上作品にはそういう筋を全く見出すことすら出来ず、楽しみ方自体が分からずに終ってしまいます。もっとも、そういう読み方はあまり文学的でない幼稚な読み方なのかも知れませんけど。

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