熊野巡礼 3

 ホテルで朝食を摂ってこなかったことを後悔しながら、空腹を抱えて神倉神社から熊野速玉神社まで歩く。喫茶店の看板に、通り過ぎてから気が付き、急いで戻ってその店に飛び込んだ。カウンター席につきサンドイッチセットを注文した。喫茶店の女主人は手馴れた手つきで、卵を焼き、食パンに私の嫌いなキュウリを切って並べ始めた。「あぁ、キュウリは抜いてくださいぃ」そう言う間もなく、目の前でオムレツキュウリサンドが出来上がってしまった。私は覚悟を決めて、異常なほどの量のサンドイッチを目を瞑ってかっこんだ。なんか、この旅は食に失敗することが多かった。
 熊野速玉神社は新宮の住宅街の中のある。熊野三社の中では唯一平地にあり、平面的なレイアウトが特長的だった。早朝のため、観光客や参拝者は全くいなかった。神主や巫女さんが境内を掃除したり、授与所にお土産を並べたりしていた。清浄な空間に私が玉砂利を踏みしめる音だけが響く。私が鳴らした鈴の音色が響く。私の拍手が響いた。お参りが済んだら、授与所で牛王宝印を授かり、境内や社殿をカメラに収めた。
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 境内にある神宝館の開館時間まで多少待たされ、開館と同時に入館した。受付のおばさんに「こんな時間から待ってたんですか?」と笑われてしまった。当然ながら館内には私しか居なかった。奉納された剣や古文書など、基本的に他の三社の神宝館と展示しているものは変わらなかったが、牛車や舟や屏風など大物が多いように感じられた。内装はインテリアと呼べるものは一切無い質素な白塗りの壁と板張りの床で、学校の教室ほどの広さの一間の間取りに、無造作にガラスケースが並べられていた。資料的な価値は変わりはないと思うが、もう少し面白みのある見せ方は無いものかと考えさせられた。開館を待つ間に朝一番の観光バスが団体ツアー客を運んできていたが、拝殿にお参りするだけで神宝館には見向きもしないで去っていった。
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 熊野本宮大社行きのバスが出るまでに多少時間が有ったので、新宮市内の浮島に向かった。浮島は文字通り底なし沼に浮かんだ島で、独特の生態系を持っている植物園のようになっていた。昔は風が吹くたびに動いたそうだが、今は沼がギリギリまで埋め立てられて住宅地になってしまった為に、浮島は身じろぎもできない状態になってしまった。浮島の中に渡された遊歩道を歩きながら植物を写真に収めようと思ったが、ホテルで充電したはずのデジカメは早くも電池切れを起こしていた。予備電池はもう一個あるが、今後の配分を思えば、ここでの写真を諦めなければならない。このデジカメは持続時間が短いのがネックだった。しかも以前よりさらに短くなっている気がした。私は肉眼と脳みそに情景を焼き付けることにした。
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 新宮駅の特設バス停から本宮大社行きの急行バスに乗る。観光客用に増設された便は、豪華な大型観光バスを使用していたが、乗っている乗客は私の他には中年の夫婦が一組いるだけだった。バスは荒々しい岩壁を削りだした熊野川沿いの道を逆登っていった。ここが日本とは信じられない雄大な自然の景観が繰り広げられた。ライフジャケットを着込んだ観光客を満載した渓流舟が、緩やかに下って行くのが見えた。「そうだ、帰りは舟でもいいかもしれない」そう思ったが、バスの中でガイドブックを調べると、新宮市で予約する必要があった。次に来た時の為に取っておく事にした。バスは断崖と絶壁に挟まれた桟道を器用に抜け、やがて熊野本宮大社にたどり着いた。
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 小高い丘の上に建てられた本宮大社は、思ったより石段がきつくなかった。那智大社・速玉大社が派手派手しい朱をベースにしたカラーリングなのに対し、熊野本宮大社は木皮葺き屋根のシックな色調で、本宮としての貫禄を示しているかのようだった。本宮大社の楼門をくぐり、真っ先に目がついた拝殿でお参りを済ます。しかし、その後に別に3つも拝殿があることに気が付いた。由緒書きを読んでも、どれが一番偉いのかよく分からず、結局3箇所共にお参りすることにした。お賽銭が3倍掛かった。
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 本宮大社は他の三社と違い、牛王宝印が500円と2000円の2種類が用意されていた。やっぱり、こういう時は高いほうじゃないと霊験がないのだろうか?授与所の巫女さんに牛王宝印を頼むと、何も聞かずに500円の方を持ってきてくれた。とりあえず、そっちの方だけ頂くことにした。
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 本宮大社でも宝物殿を覗いた。内容や規模は那智大社や速玉大社とほとんど変わらなかった。なんとなく納得できないものを感じた。折角の貴重な資料や文化財なのだから、もっとアピールして展示を工夫してもいいと思った。例えば、新宮かどこかの街中に、三社共通で、大社の全体模型や古道の地形模型や大社に伝わる宝物や熊野の歴史のパネル展示など置いた資料館を建設すれば良いのに、と思った。以前行った遠野は、極言すれば「遠野物語」という研究書の舞台でしかない土地であるが、その事を全市一丸となってアピールし、様々な観光客やマニアを楽しませる設備が用意されていた。熊野は三社で自治体が異なるという事情があるにせよ、遠野の何倍もの観光地ポテンシャルを持っていながら、企業努力や開発が足り無い気がした。あるいは、そういう行きずりの観光客の思いは、地元で生活している人間には余計なお世話なのかも知れない。新宮は遠野と違って観光産業に依存しなくても生きていけるし、熊野三社も純粋な信仰の場なのかもしれない。
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 熊野本宮大社は明治22年まで熊野川の中州の中に立てられていたが、度重なる水害の為に現在の丘の上に移された。元の場所は大斎原(おおゆのはら)と呼ばれ、小さな石祠だけ残されて芝生の公園になっていた。いつの間には雲が切れ、この旅行で初めての青空が広がっていた。晴れたら晴れたで「霧煙る神聖な熊野の写真を撮るつもりだったのに」と逆向きなことを考える自分に気がついて苦笑してしまった。久しぶりの日差しと熊野川を渡る風が心地良かった。芝生の中に緑のカーディガンを来た観光客らしき女性が写真を撮っていた。昨日那智大社で見かけて女性だった。
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 本宮大社で一通り見るべきものを見て、新宮に戻る為にバス停に帰って来た。那智大社ではバス停で待たされたので、今回はバスのダイヤに合わせて急いで観光したつもりだったが、30分ほど時間を間違えていたようだった。時間を潰す為にバス停の周りをうろうろしていると、先ほどの緑のカーディガンの女性も同じ様に手持ち無沙汰でぶらついているのを見かけた。30分ほどするとバス停の周りに人が集まりだし、来る時と違う小型の乗合バスが時間通り到着した。私と緑のカーディガンの女性は他の観光客に混じって一緒にバスに乗り込んだ。
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 新宮に戻ると、私は遅めの昼食を摂るために商店街の中のファミレスに入った。焼肉定食を食べ、レシートを持ってレジに立つが、唯一のウェイトレスは間が悪く奥の席で注文を取っているところだった。厨房に目を向けると、ソースで汚れた厨房服を来た女性と目が合った。女性はフロアに出て来て、代わりに会計をしてくれた。近くで見ると唖然としてしまうほどの美人だった。フロアに立てば売上が倍は違うだろうに、何で彼女は厨房にいるのだろう?TVも含めて私がこれまでに見てきた中でこれだけ綺麗な人はいない。芸能人がTV番組の企画でアルバイト体験でもしているのかと思った。私の中の人間の容姿の最大値が一ランク引き上げられた。ここに来て、新宮は美人が多い土地だと確信した。
 昼食が済んでも、半端に時間が余ってしまった。海に向かって歩いて途中で諦めたり、お土産物屋を物色したりしても、特急の時間まで間が有った。私は読書で時間を潰そうと、駅舎の中の喫茶店に入った。その時、中程の席に座っていた緑のカーディガンの女性と目が合った。運命とか偶然などと言うつもりは無い。ただ、同じ様に効率的な計画を立てたら、こういう結果になっただけだろう。私は思わず苦笑してしまった。彼女も口元でちょっとだけ笑ったように見て取れた。何となくその瞬間、「あぁいい旅だったなぁ」と心の底から思えた。

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この記事へのコメント

だっち
2006年09月18日 17:24
緑のカーディガンの女性とは何もなかったのかの?
ブロードウェイ
2006年09月18日 23:16
聞くだけ野暮です(実は実在していない)。

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