手紙 /東野圭吾

久しぶりに徹夜で読書しました。時間を忘れて一気に読ませる程の文章力があります。この本は強盗殺人という重罪犯の弟になってしまった男が、社会から差別を受けながらも、必死で生きていくという話です。主人公は犯罪者の弟というレッテルを張られたことで、夢も恋も希望も平穏な生活も幸せになる権利も尊厳や人間性や何もかもが奪われてしまいます。主人公はこの降って沸いた不幸にもがき苦しみ続けます。罪とは何なのか?償いとは何なのかを考えさせられます。
 この世に"謂われない差別"というものは有りません。差別する側は自分が行っている迫害に正統な理由と必然性があると思い込んでいます。差別とは何なのでしょうか?例えば殺人者の弟が働いてるレストランで食事をしたいと思うでしょうか?大切な一人娘が犯罪者の親族になるのを許せるでしょうか?自分の大切な家族が被害者になったとして、加害者の家族を許せるでしょうか?その全てにYESを出す自信は私にはありません。軽々しく答を出してはいけない問題なのでしょう。色々、考えさせられます。

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この記事へのコメント

2006年11月16日 15:32
一般には罪は裁判で下される刑をまっとうすればすべてが償われるとするのが法の精神でしょうが、実際にはそうでないとするこのテーマの提起するところの重さがわかるような気がします。つまり家族を含めた贖罪義務なんですね。

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